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佐賀地方裁判所 昭和55年(ワ)18号 判決

原告 永松譲

右原告訴訟代理人弁護士 本多俊之

同 河西龍太郎

被告 日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役 山本道夫

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 山口定男

同 三宅一夫

同 入江正信

同 坂本秀文

同 山下孝之

右山口訴訟復代理人弁護士 井手国夫

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告日本生命保険相互会社(以下「被告日本生命」という。)は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和五二年一〇月一日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告朝日生命保険相互会社(以下「被告朝日生命」という。)は原告に対し金三〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五二年一一月一日より、内金四〇万円に対する昭和五三年一月一日より、内金四〇万円に対する昭和五四年一月一日より、内金四〇万円に対する昭和五五年一月一日より、内金四〇万円に対する昭和五六年一月一日より、内金四〇万円に対する昭和五七年一月一日より各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第三請求原因

一  保険契約の成立

(一)  原告は昭和四〇年五月二三日に被告日本生命と左記の生命保険契約(以下「日生第一契約」という。)を締結した。

保険証券記号番号 (五四四)第五一二〇三五号

保険種類 七〇才払込 七〇才満期生命保険

(利益配当付特種養老生命保険)

保険期間の始期 昭和四〇年五月二三日

保険期間の終期(満期日) 昭和六三年五月二二日

被保険者 原告

保険金受取人(保険期間満了のとき) 原告

死亡保険金 金二〇〇万円

(二)  原告は昭和四三年四月三日に被告日本生命と左記の生命保険契約(以下「日生第二契約」という。)を締結した。

保険証券記号番号 (四三六)第一五五三五五六号

保険種類 三〇年払込 八〇才満期

(利益配当付養老生命保険)

保険期間の始期 昭和四三年四月三日

保険期間の終期 昭和七三年四月二日

被保険者 原告

保険金受取人(保険期間満了のとき) 原告

保険金 一〇〇万円

(三)  原告は昭和四五年一二月一五日に被告朝日生命と左記の生命保険契約(以下、「朝日生命契約」という。)を締結した。

保険証券記号番号 八五第七九三五一号

保険種類 一五年満期

成立日(始期) 昭和四五年一一月二五日

満期日(終期) 昭和六〇年一一月二五日

被保険者 原告

保険金受取人(満期のとき) 原告

保険金 一〇〇万円

年金年額 四〇万円 五年確定年金

二  廃疾条項

本件各保険契約によれば、被保険者が、保険契約締結後左記の廃疾となったときは、被告日本生命は死亡保険金と同額の廃疾給付金を、被告朝日生命は保険金と年金を支払う義務を負っている(以下、被告らの支払うべき右金員を「廃疾保険金」ということがある。)。

(一)  両上肢とも、手関節以上で失ったかまたは両上肢の用を全く永久に失ったもの

(二)  両下肢とも、足関節以上で失ったかまたは両下肢の用を全く永久に失ったもの

(三)  一上肢を手関節以上で失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったかまたは一下肢の用を全く永久に失ったもの

(四)  一上肢の用を全く永久に失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったもの

三  被保険者の廃疾

(一)  被保険者である原告は、昭和五二年一月三〇日テレビを見ていて急に倒れ、左上肢と左下肢が麻痺するに至った。右麻痺の原因は脳血栓症のためと診断された。また、申立人の左肩、左肘、左手、左手拇指、左手二ないし五指、左股、左膝、左足の各関節の機能は麻痺しており、回復の見込みはないと診断されている。よって、原告の左上肢および左下肢はその用を全く失ったものといえる。

(一)  ところで、被告らは、原告の右廃疾の状態は前記廃疾条項のいずれにも該当しないとする。

しかしながら、右廃疾の規定はその文言の趣旨にそくし、合理的、目的的に解釈されなければならない。

1 原告の廃疾についてみれば、なるほど原告には左上肢を手関節以上で失うまたは左下肢を足関節以上で失うという廃疾はないが、原告の廃疾の状態は、左上肢を手関節以上で失った場合又は左下肢を足関節以上で失った場合と機能消失という点では変りがない。むしろ、全く機能しない左上下肢のため、右のように手関節ないし足関節以上で失った場合よりも日常生活を営むうえでは不都合を来たしている。というのは、右のように失った場合には、補助具によりその機能を代替させることが可能であるが、原告には機能を麻痺したとはいえ左上下肢を失っていないがゆえに右の補助具を使用して失なわれた機能を取り戻すということが出来ないからである。

ちなみに、前記廃疾条項の(一)によれば、両上肢とも手関節以上で失ったことと両上肢の用を全く永久に失ったこととを同程度に評価しており、同じく(二)によれば両下肢についても然りである。この考え方は、本件にも活かされなければならない。

2 更に保険契約の用語に関する申込者及び受益者の客観的に合理的な期待は、保険証券の詳しい検討によれば、それが否定されたであろう場合といえども保護されなければならない(合理的期待保護の理論)ところ、被告らは一上肢、一下肢の用廃を五〇才、六〇才代の者に多く発生する疾病によることを熟知し、これを廃疾範囲から除外したが、保険契約者の方は、右用廃が除外されていることは全く知らず、しかも、右用廃の発生率の高さ、労働能力の喪失の内容・程度即ち経済的には死亡に匹敵することから、廃疾保険金が支給されるであろうとの合理的な期待を有していたし、これらの期待・要求を被告らは知っていたにもかかわらず、脳血管障害による疾病以外に一上肢一下肢の用廃を除けば前記廃疾条項の(三)、(四)に該当するような廃疾は殆んどありえない、まやかし的な条項を設けたのであって、一上肢一下肢の用廃を除いていることを約款、パンフレット等で積極的に明示していない以上、一上肢一下肢の用廃は右条項に該当するものとして解釈さるべきである。

3 従って、一上肢一下肢の用廃は、右条項に該当し、仮に該当しないとしてもそれと同一に評価されるものとして取り扱い、廃疾保険金が支払わるべきである。

四  黙示の合意

仮に然らずとしても、前述したように、消費者側の一上肢一下肢の用廃に対する廃疾保険金支給への期待・要求を知りながら、被告らはこれを除外することを積極的に明示しなかったのであるから、一上肢一下肢の用廃については廃疾保険金を支払うとの合意が保険契約者たる原告と、保険者たる被告らとの間で黙示に成立したものと解すべきである。

五  保険金請求権

(一)  よって、原告は被告日本生命に対して、日生第一、第二契約の死亡保険金の合計額たる三〇〇万円の廃疾給付金およびこれに対して原告が同被告に右金員の請求をなした日よりも後の日である昭和五二年一〇月一日より完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二)  同じく原告は被告朝日生命に対して死亡保険金一〇〇万円およびこれに対して原告が同被告に右保険金の請求をなした日よりも後の日である昭和五二年一一月一日より完済に至るまで前同様年六分の割合による遅延損害金の支払いを、また年金である各年の四〇万円については昭和五二年分は昭和五三年一月一日から、昭和五三年分は昭和五四年一月一日から、昭和五四年分は昭和五五年一月一日から、昭和五五年分は昭和五六年一月一日から、昭和五六年分は昭和五七年一月一日から各完済に至るまで前同様年六分の割合による遅延損害金を付したうえでの金員の支払いを求める。

(三)  仮に、原告が被告日本生命に対する本件各廃失給付金の請求権者に該らないとしても(後記第四の一の被告日本生命の主張参照)、原告は左の一覧表のとおり、昭和五五年七月一八日に本件廃疾給付金の受取人から同被告に対する廃疾給付金の請求債権を譲り受け、その旨の通知は同年七月二一日までに同被告に対してなされたので右(一)の結論に変りはない。

廃疾給付金受取人

譲り受けた債権の内容

永松暎久

日生第一契約に基づく八〇万円の廃疾給付金請求債権

永松君子こと横山君子

右同契約に基づく六〇万円の廃疾給付金請求債権

永松正行

右同契約に基づく六〇万円の廃疾給付金請求債権

永松喜代子

日生第二契約に基づく一〇〇万円の廃疾給付金請求債権

第四請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。但し、日生第一契約の死亡保険金受取人は、原告の長男永松暎久、長女の永松君子、次男の永松正行の三名であり、死亡保険金二〇〇万円の受領割合は暎久が八〇万円、君子、正行が各六〇万円であり、日生第二契約の死亡保険金受取人は原告の妻永松喜代子、死亡保険金額は金一〇〇万円である。

二  同二の事実は認める。

三(一)  同三の(一)は不知

(二)  同(二)の主張は争う。被告両会社とも昭和五一年三月二日以後使用を開始した新約款において廃疾状態の範囲を拡大したが、原告主張の廃疾状態は新約款のいずれの廃疾状態にも該当しない。

なお原告主張のように目的論的解釈を貫徹し拡大解釈をすることは、商法・保険業法の関係から特殊の性格を有する廃疾保険金制度、ひいては、大数の法則を応用した確率計算にもとづき全体として純保険料と保険金が均衡を保つように計画された保険制度自体を根幹から否定することになり許されない。

又、本件各保険契約が締結された当時の保険約款では、一上肢及び一下肢の用廃が廃疾保険金の支払事由に該当しないことは明らかであったから、合理的期待保護の理論は採用さるべきでない。

四  同四は争う。

五  同五の(一)及び(二)は争い、(三)のうち被告日本生命が債権譲渡の通知を受けたことは認める。

第五証拠《省略》

理由

一  本件各保険契約の内容

(一)  日生第一契約と廃疾給付金条項

請求原因一の(一)は当事者間に争いがないところ、この事実と、《証拠省略》によれば、日生第一契約の内容については、利益配当付特種養老生命保険(三九月払)、「暮しの保険」普通保険約款(昭和三九年四月一日制定)の定めるところとなっているが、その一二条一項は別紙約款変遷表(以下、単に「別紙」という。)(一)のとおり規定していることが認められる。

(二)  日生第二契約と廃疾給付金条項

請求原因一の(二)は当事者間に争いがないところ、この事実と、《証拠省略》によれば、日生第二契約の内容については、利益配当付養老生命保険(三九月払)普通保険約款(昭和三九年四月一日制定)の定めるところとなっているが、その一二条一項は別紙(二)のとおり規定していることが認められる。

(三)  朝日生命契約と保険金及び年金条項

請求原因一の(三)は当事者間に争いがないところ、この事実と、《証拠省略》によれば、朝日生命契約の内容については、家族収入保険(A)普通保険約款(昭和四五年九月一日実施)の定めるところとなっているが、その一二条一項は別紙(三)のとおり規定していることが認められる。

二  約款の変遷と新約款の旧契約への遡及適用

(一)  被告日本生命の場合

《証拠省略》によれば、被告日本生命は昭和五一年三月二日制定の利益配当付養老生命保険(五一月払)普通保険約款一三条一項で別紙(四)のとおり規定し、従来の廃疾給付金の名称を廃疾保険金と改め、かつ、廃疾範囲の拡大をはかり、しかも同被告は事業方法書において、廃疾範囲に関する限り、同年同月一日以前に締結された既存契約についても右新約款が適用されるのと同じ結果になることを承認したことが認められる。

(二)  被告朝日生命の場合

《証拠省略》によれば、被告朝日生命においても被告日本生命と同様昭和五一年三月二日実施の新家族収入保険普通保険約款第一四条一項で別紙(五)のとおり規定し、従来の保険金の名称を廃疾保険金と改め、かつ、廃疾範囲の拡大がはかられ、事業方法書において、廃疾範囲に関する限り、同年同月一日以前に締結された既存契約についても右新約款が適用されるのと同じ結果になることを承認したことが認められる。

(三)  問題の所在

原告は、被保険者たる原告が、本件各保険契約締結後、保険期間中に、脳血栓症に罹患し、その後遺症として左上肢及び左下肢の用を全く永久に失ったものであるから、別紙(四)及び(五)の各(7)又は(8)号(別紙(四)及び(五)の各(1)ないし(8)号は、いずれもその内容が全く同一であり、当事者間に争いない前記第三の二の(一)ないし(四)は、右(5)ないし(8)号と同一である。)に該当する、仮に該当しないとしても、該当するのと同一に評価すべきものであるから、被告日本生命は廃疾給付金の、被告朝日生命は保険金及び年金の支払義務を負うと主張し、被告らは仮に原告の廃疾が右主張どおりであるとしても、それは右(7)又は(8)号のいずれにも該当しないし、同一に評価して右金員(以下、右金員を現行約款である別紙(四)及び(五)の各該当条文の言葉にならい便宜、「廃疾保険金」という。)の支払義務があると解釈することは、保険制度自体を根幹から否定することになり許さるべきではない旨主張する。

よって、以下検討する。

三  廃疾条項の沿革

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告日本生命の場合

1  廃疾条項(保険料払込免除制度)の創設(昭和二五年四月一日)

被告日本生命は、昭和二五年四月一日、普通保険約款の中で、被保険者が保険契約の効力発生後(契約日又は契約復活日以後)の傷害又は疾病により、四肢中の二肢喪失、両眼の完全失明など別紙(一)及び(二)の(1)ないし(4)号(と全く同じもの)の廃疾状態に該当した場合、保険契約者の請求により次期以降の保険料の払込を免除する制度(保険料払込免除制度)を創設した。

即ち、一定の廃疾状態に該当すれば、以降保険料の払込みなくして、約款所定の死亡又は満期保険金を支払うことを特別の合意(特約)の形式をとることなく、全ての保険契約者に保障する制度であるが、この創設の理由は、第一に、日本の死亡率の改善により保険料の引き下げが可能になったので、保険料の引き下げと同時に、その余裕でもって肉体的に重大な廃疾状態に陥り、従って経済的には死亡に匹敵する状態に陥った者に死亡又は満期保険金支払の保険保護を付与すること、第二に、肉体的に重大な廃疾状態に陥った場合、将来の保険料払込みが出来ずに保険契約が失効する状況が非常に多かったので、保険会社が保険料を代って払込んで正規の保険目的を達成すること、により、消費者の期待に応えるということにあった。

2  廃疾給付金支払条項への改正(昭和二七年三月一日)

被告日本生命は、昭和二七年三月一日、普通保険約款の中で、従来の保険料払込免除制度に代えて、契約締結後又は復活後の傷害又は疾病により、一定の廃疾状態(従来の四種の廃疾状態――別紙(一)及び(二)の(1)ないし(4)号――に、新たに「咀しゃく又は言語機能の完全永久喪失――別紙(一)及び(二)の(5)号――を追加した。)となった場合に、会社は保険金額に相当する金額を廃疾給付金として満期保険金受取人に支払う制度(廃疾給付金支払条項)に改正し、併せて、廃疾給付金が支払われたときは保険契約は消滅するとの規定を新設した。

というのは、一定の重大な廃疾状態に陥った場合、被保険者が経済的に困窮し、本来の死亡又は満期保険金の支払いを待つ余裕がなく、中途で保険契約を解約して解約返戻金の支払いを請求するケースが出てきたこと、会社にとっても死亡又は満期に保険金を支払うことと、廃疾時に保険金に相当する給付金を支払って保険契約を消滅させることが便利であったし、保険数理上も大差がなく、従って、消費者、会社の双方にとって、一定の廃疾状態に陥った場合、保険金額と同額の廃疾給付金を支払うことによって保険契約を消滅させる方が得策との判断によるものであり、廃疾状態の追加は、消費者の要求でもあり、保険数理上もそれが可能だったからに外ならない。

3  廃疾条項の大幅改正(昭和五一年三月二日)

被告日本生命は、昭和五一年三月二日、普通保険約款の中で、従来の廃疾給付金の名称を廃疾保険金と改め、廃疾範囲を別紙(四)の(1)ないし(8)号のように拡大した。その廃疾範囲の拡大部分を傍線で明示すると、別紙(六)のとおりとなる。)

右廃疾範囲の拡大は、予定死亡率の改善により余裕の出てきた保険料を消費者側の保護拡大に充てても保険数理上可能との判断がなされたことにあった。

(二)  被告朝日生命の場合

被告朝日生命は昭和二六年四月に、被保険者が一定の廃疾状態に陥った場合、保険金受取人に廃疾給付金を支払う制度を発足させ、その後若干給付内容の変遷はあったものの、廃疾範囲について前記のとおり別紙(三)の規定を経て、昭和五一年三月二日、別紙(五)の規定のとおり普通保険約款の変遷を経て今日に至っており、廃疾条項に関する限り、前記(一)で述べた被告日本生命の場合とほぼ同じ変遷過程を経てきている。

四  昭和五一年の廃疾条項の改正と一上肢一下肢の用廃の検討

前記認定の事実に、《証拠省略》を合わせれば、以下のとおり認められる。

(一)  廃疾範囲拡大の趣旨

生命保険契約の被保険者が廃疾になると稼働能力を失い治療費も要するため経済的に困窮することが多く、また保険料支払の困難から契約の失効、解約を招き易い事情に鑑み、廃疾条項は、被保険者が一定の廃疾状態になった場合に、生命保険契約の枠内で加入者に何らかの便益(保険金支払または保険料支払の免除)を与えようという制度であるところ、廃疾は、生命保険契約における保険事故ではないことから(商法六七三条は生命保険契約は人の生存、死亡を保険事故とする。)、廃疾条項は本来の生命保険契約に対する附加的要素が強く、沿革的には加入先に対するサービス条項として認識されてきた。従って、廃疾保険金の支払事由となる廃疾範囲も、旧約款(別紙(一)ないし(三)の各(1)ないし(5)号参照)に見られる如く、限定的で、かつ欠損を中心としたものであった。

ところが、右旧約款所定の廃疾以外にも重篤な廃疾が多く存在するため、災害保障特約の改正を機会に、新たな廃疾状態を支払事由に追加し、契約者に対する保険保護を厚くし、保険制度利用者のニードの一部に応えたものである。

(二)  災害保障特約改正との連動

災害保障特約は、不慮の事故により被保険者が死亡し、または身体障害を受け、もしくは入院したときに、それぞれ約定の災害保険金、障害給付金、入院給付金を支払うことを内容とするものである。そして、昭和五一年に災害保障特約が改正され、特約保険料の引き下げが行なわれたが、この改正を検討した生命保険協会の中に設けられた災害関係特別合同委員会に提出された当初の試案では、障害給付金の第一級該当の身体障害として別紙(四)及び(五)の廃疾条項の(1)ないし(8)号(と全く同じもの)に加えて(9)号として「一上肢および一下肢の用を全く永久に失ったもの」(以下「一上肢一下肢の用廃」という。)なる条項を掲げていた。しかし、検討の過程で、一上肢一下肢の用廃条項は、その原因が疾病か傷害かの判別が難しいことが多いこと、一上肢一下肢の用廃の典型例たる片半身麻痺は脳血管障害によって生ずることが圧倒的に多いが、その発生の蓋然性が死亡のそれよりも高く高年令では特にその傾向が著しいこと、従って死亡の場合との均衡を欠き、そのリスクを回避することが妥当であること等の理由から、結局、身体障害の第一級とすることは見合わせ、一級引き下げた第二級障害(災害保険金の七割給付)とされたのである。右の如く身体障害第一級としては、前記(1)ないし(8)号と拡大したものの、一上肢一下肢の用廃は二級身体障害と位置づけられた結果、それに伴って、昭和五一年の被告らの普通保険約款の改正でも、主契約の廃疾保険金の支払事由の拡大は別紙(四)及び(五)の(1)ないし(8)号にとどめられ、一上肢一下肢の用廃は支払事由から除外されたのである。

五  問題の検討

(一)  一上肢一下肢の用廃と文理解釈上の廃疾事由該当の有無

前記認定の事実よりすれば、廃疾保険金制度は、商法の規定によるものではなく、保険会社の約款により創設されたものであり、その内容は約款により定められること、廃疾保険金の支払対象となる被保険者の廃疾状態は、廃疾の種類(別紙(四)及び(五)の(1)ないし(8)号の事由に限定される。)及び時期的制限(保険契約の効力発生後(契約日又は契約復活日以後)に受けた傷害又はかかった疾病に限定される。)において制限があり、廃疾状態になれば当然に支払われる仕組みにはなっていないこと、そして昭和五一年の約款の廃疾条項の改正にあたり、廃疾範囲の拡大検討の過程で、一上肢一下肢の用廃を追加すべきか否か検討された結果、それが見送られたこと、そして新しい約款では別紙(四)及び(五)のように規定され、文理上「喪失」と「用廃」とは明確に区別して規定されている。)からも、一上肢一下肢の用廃が廃疾保険金支払事由から除外されていることが明らかである。

そうであれば、一上肢一下肢の用廃が、廃疾保険金支払事由(別紙(四)及び(五)の(7)又は(8)号)に該当するとの原告の主張は文理解釈上採用することができない。

(二)  拡大解釈の当否

1  しかしながら、原告は、仮に一上肢一下肢の用廃が文理解釈上、廃疾保険金支払事由に該当しないとしても、第一に、それは、一上肢の手関節以上の喪失、一下肢の足関節以上の喪失と機能消失という点では変りなく、日常生活の上では補助具による機能代替が不可能という意味では右喪失以上のものがあり、別紙(四)及び(五)の(5)号で両上肢の手関節以上の喪失と用廃を、(6)号で両下肢の足関節以上の喪失と用廃を同程度に評価していることは、一上肢一下肢の用廃の廃疾事由該当の有無を、目的論的に解釈することの妥当性を示唆するものであり、第二に消費者側の合理的期待を保護する見地から、一上肢一下肢の用廃は別紙(四)及び(五)の(7)又は(8)号に該当するのと同一に評価し、廃疾保険金が支払わるべきである旨主張する。

2(1)  確かに、一上肢一下肢の用廃の場合の機能消失、補助具による機能代替不可能の問題、別紙(四)及び(五)の(5)号で両上肢の手関節以上の喪失と用廃を同程度に評価していること、(6)号では両下肢の足関節以上の喪失と用廃を同程度に評価していることは、原告の主張する通りであり、しかも廃疾保険金支給事由の廃疾範囲の拡大の流れが、経済的には死亡に匹敵するものを取り込みつつ今日に至っていることからみれば、一上肢一下肢の用廃を、(7)又は(8)号と同一に評価すべしとの原告の主張にも一理ないわけではない。

特に通常、保険契約者たる一般市民においては「喪失」と「用廃」を日常言語において明確に区別してはおらず、大多数の人は一上肢一下肢の機能消失状態としていわゆる「片麻痺」の状態を想起するであろうことは容易に理解しうるところであり、(7)又は(8)号の記載を見れば当然「片麻痺」も含まれるであろうと信ずるとしても無理からぬものがある。即ち、一般に通常人は、死亡を含め重篤な障害に対して保険金が支払われるものと考えているのであって、多発する障害であるが故に、重篤な障害でありながらも支払うべき保険金額を抑制するため政策的に除外されているということまでは考え及ばないであろうからである。そうした政策的考慮は保険契約者においては説明してもらわねば充分に了解できないことであって、保険会社の内部的な改正の経緯及びその意図だけで約款の解釈がすべて文理どおりに生ずるとするのは妥当ではない。

(2) しかしながら、《証拠省略》によれば、民間の生命保険事業においては、収支計算の上、収支均等が維持できるように、即ち、大数の法則によって、保険者の支払うべき保険金総額と保険契約者から徴収する保険料が均衡を保つように設計され、運用されているのであり、普通保険約款中の廃疾条項は生命保険契約の一条項としてはじめから組み入れられており、災害特約保険のように特別の合意をまって主たる生命保険契約に加えられ、従って特別保険料を徴収するものでなく、廃疾給付に対応する分を他の保険料と区別することなく、一本立の保険料としており、予定廃疾率の維持は不可欠の要請であり、廃疾範囲の拡大そのものが、予定死亡率の改善によりでてきた保険料の余裕分を原資として、生命保険契約に組み込んできたものであるから、廃疾範囲は明文によって限定せざるをえないこと、一上肢一下肢の用廃が昭和五一年の約款改正の際、廃疾給付金支払事由から除外された際も指摘されたとおり、右用廃は脳血管障害、即ち脳梗塞、脳出血、蜘蛛膜下出血、脳腫瘍、脳膿瘍を起こしたあとに起るもので、その発生の蓋然性は五〇才ないし六〇才台において極めて高く、これをも廃疾保険金の支払事由に含めるならば、年令別死亡率を基礎として作成された保険料体系の中で、かえって多数の加入者間の公平を欠くことになり、また保険料を引き上げざるをえないこと、しかし保険料をあげると、支払保険料中に占める廃疾保険に対応する保険料割合も高くなり、生命保険業界が生命保険の付随的な給付としてのみ廃疾保険金の支払を容認している保険業法七条に関する行政指導との関係でも問題があることが認められる。

そして、前記認定のとおり、そもそも原告が被告らとの間で本件保険契約を締結した当時は、廃疾保険金支払事由は別紙(一)ないし(三)の(1)ないし(5)号に限定されていたのであって、一上肢一下肢の用廃がそれに含まれていなかったことは明らかである。とするならば、本件に関する限り、消費者の合理的期待保護を云々する前提を欠いているものと言わざるを得ない。

以上の点に、前記二及び三認定の事実を併せ参酌すれば、一上肢一下肢の用廃を別紙(四)及び(五)の(7)又は(8)号と同一に評価して廃疾保険金を支払うべきであるとの原告の主張は採用し難いといわなければならない。

(三)  黙示の合意の有無について

原告は更に、原告と被告ら間には、一上肢一下肢の用廃の場合廃疾保険金を支払う旨の黙示の合意が成立したものと解すべきである、と主張する。(前記第三の四参照)

しかしながら、前述したように、原告が本件各保険契約を締結した当時、一上肢一下肢の用廃が廃疾保険金支払事由に該当しなかったことは明らかであって、その点に関する限り問題の生じる余地はなかったのであるから、そのことをパンフレット等で積極的に明示する必要もなく、従って、黙示の合意を主張するのは、独自の見解であり、採用に値しない。

(四)  まとめ

以上のとおり、あらゆる角度から検討しても、一上肢一下肢の用廃が廃疾保険金の支払事由に該当するものとは解されないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由がないものとして棄却を免れない。

六  結論

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綱脇和久 裁判官 簑田孝行 大塚正之)

〈以下省略〉

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